「世界で一番売れている薬の特許が切れたら、その会社はどうなるんだろう」と不安になりませんか。アッヴィ(ABBV)の屋台骨だった「ヒュミラ」は、2023年にアメリカで特許が切れ、安価なコピー品との競争が始まりました。投資家にとって最大の関心事は、この巨大な穴をどうやって埋めるかという点です。この記事では、ヒュミラの売上の減り方と、それを補う新薬の驚くべき成長スピードを具体的に解説します。読み終わる頃には、アッヴィが単なる「過去の栄光」ではないことがはっきりと分かるはずです。
ヒュミラの特許切れがアッヴィの売上に与えた影響
アッヴィの売上の半分近くを稼ぎ出していた看板薬が、ライバルたちの攻勢にさらされています。特許切れとは、その薬を独占して売る権利がなくなることを意味します。これまで1社で独占していた市場に、安価なバイオシミラー(コピー薬)がなだれ込んできました。投資家が最も心配していた「売上の崖」が、今まさに目の前で起きています。
売上が年間でどれくらい減っているか
ヒュミラの売上は、2022年の約212億ドルをピークに、はっきりとした減少カーブを描いています。2024年の初めの決算では、アメリカ国内での売上が前年の同じ時期と比べて約40%も減りました。これは、薬の価格を下げざるを得なくなったことと、処方される数自体が減ったことが原因です。
しかし、この40%という数字はアッヴィが以前から「これくらいは減るだろう」と準備していた範囲内です。会社側は、いきなりゼロになるのではなく、数年かけてじわじわと減っていくシナリオを描いています。特許が切れたからといって、一晩で全ての利益が消えるわけではないのが救いです。
- 2022年の売上:約212億ドル(ピーク)
- 2024年第1四半期の米国売上:前年比約40%減
- 減少の主な理由:価格の引き下げと他社製品への乗り換え
バイオシミラーとの激しい価格競争
バイオシミラーとは、複雑な構造を持つバイオ医薬品の後発品のことです。2023年以降、アムジェン社の「アムジェビータ」など、合計で9種類以上のコピー薬がアメリカの市場に登場しました。これらに対抗するため、アッヴィはヒュミラの価格を大幅に下げて、病院や保険会社に採用し続けてもらう作戦をとっています。
この価格競争は、アッヴィにとって利益を削る痛い選択ですが、シェアを急激に失わないための防衛策でもあります。安価なコピー薬が普及するスピードを遅らせている間に、次世代の新薬へ患者を移す時間を稼いでいるわけです。
病院や保険会社との契約が切り替わる速度
アメリカの医療制度では、どの薬を使うかを決める「薬剤給付管理会社(PBM)」の力が非常に強いです。彼らが「今年からはヒュミラではなくコピー薬を優先的に使います」と決めると、一気に売上が落ち込みます。アッヴィはこの契約を維持するために、多額の手数料を払ってヒュミラの地位を守っています。
実際に、大手の保険会社がヒュミラを推奨リストに残しているケースはまだ多いです。この切り替わりのスピードが予想より遅ければ、アッヴィはより長くヒュミラで現金を稼ぎ続けることができます。
次世代製品「スキリージ」と「リンヴォック」の売上推移
アッヴィの本当のすごさは、ヒュミラがダメになる前に、すでに強力な身代わりを2つも育てていたことです。それが「スキリージ」と「リンヴォック」という新しい薬です。これらはヒュミラが対応していた乾癬や関節リウマチなどの病気に対して、より高い効果を持つ薬として開発されました。今、この2つのエースがヒュミラの穴を猛烈な勢いで埋めています。
スキリージ
スキリージは、主に乾癬(かんせん)やクローン病などの治療に使われる注射薬です。ヒュミラと比較して、より少ない回数の投与で高い効果が出ると評価されています。2024年の売上予測は約105億ドルとなっており、たった1つの薬で1.5兆円規模を稼ぎ出す怪物級の製品に成長しました。
患者さんにとっても、ヒュミラより使い勝手が良いため、新しく治療を始める人の多くがスキリージを選んでいます。ヒュミラの特許切れというピンチを、自社のさらに優れた新薬で上書きしているのがアッヴィの真骨頂です。
| 項目 | 内容 | 他(ヒュミラ)との違い |
| 主な適応症 | 乾癬、クローン病、潰瘍性大腸炎 | 乾癬の消失率がヒュミラより高い |
| 2024年売上予測 | 約105億ドル | 成長スピードがヒュミラ初期を上回る |
| 投与のしやすさ | 3ヶ月に1回の維持投与 | ヒュミラ(2週間に1回)より負担が軽い |
これまでヒュミラを使っていた患者さんがスキリージに乗り換える動きは、アッヴィにとって「自社製品の中での入れ替え」になるため、売上を外に逃がさずに済みます。
リンヴォック
リンヴォックは、関節リウマチやアトピー性皮膚炎などに使われる飲み薬です。注射を嫌がる患者さんにとって、1日1回の服用で済むリンヴォックは非常に魅力的な選択肢です。2024年の売上は約60億ドルに達する見込みで、こちらも立派な主力製品としての地位を固めました。
対応できる病気の種類(適応症)が年々増えていることも、売上が伸び続けている理由です。注射薬のスキリージと、飲み薬のリンヴォックの二段構えで、免疫疾患の市場をがっちり守っています。
| 項目 | 内容 | 他(ヒュミラ)との違い |
| 主な適応症 | 関節リウマチ、アトピー性皮膚炎 | 注射ではなく「飲み薬」である点 |
| 2024年売上予測 | 約60億ドル | 新しい適応症が次々と追加されている |
| 強み | 効果の実感までの速さ | 中等症から重症まで幅広く対応可能 |
リンヴォックは、これまで治療が難しかったアトピー性皮膚炎の分野でもシェアを広げています。ライバル企業の薬と比較しても、効果の強さで選ばれることが多いのが特徴です。
2027年に270億ドルを目指す具体的な計画
アッヴィは、スキリージとリンヴォックの2つだけで、2027年までに年間270億ドル以上を稼ぐという目標を立てています。これは、ヒュミラが最も稼いでいた時期の売上を超える数字です。つまり、会社としては「特許切れの穴はもう埋まった。これからはさらなる成長を目指す」と宣言しているわけです。
この強気な計画を支えているのは、まだ承認されていない新しい病気への活用や、海外市場でのシェア拡大です。「ヒュミラ1強」から「2枚看板」へと進化したことで、アッヴィの経営は以前よりも安定感が増しています。
多くのライバル薬が登場したバイオシミラーの動き
ヒュミラの特許が切れたことで、アムジェンやサンドといった名だたる製薬会社がコピー薬の販売を始めました。彼らは「アッヴィと同じ効果の薬を、もっと安く提供します」とアピールして、患者や病院を奪い合っています。この競争の激しさが、アッヴィの短期的な利益を左右します。
アムジェンなどの強豪メーカーの参入
2023年1月に、アムジェン社の「アムジェビータ」が先陣を切って発売されました。その後も、サンド社の「ハイリモズ」など、大手による参入が相次ぎました。彼らは強力な営業力を持ち、大手の保険会社と提携して、ヒュミラから自分たちの薬に切り替えさせようと必死です。
アッヴィにとって、これらの強豪は手強い相手です。しかし、アッヴィも長年の信頼関係を武器に、価格を大幅に割り引くことで「やっぱり本家のヒュミラの方が安心で安い」と思わせる防衛戦を展開しています。
- 2023年:9種類以上のバイオシミラーが参入
- アムジェン:米国での最初のコピー薬発売メーカー
- サンド:安価な価格設定でシェア獲得を狙う
薬の価格が安くなったことによるシェア争い
コピー薬が出てくると、市場全体の価格は下がります。アッヴィはシェアを守るために、ヒュミラの価格を以前の半分近くまで下げて応戦しています。売上高(ドルベース)は減りますが、使っている患者の数(シェア)を維持することに重点を置いています。
シェアさえ持っていれば、将来的にその患者さんをスキリージやリンヴォックへ誘導しやすくなります。今のシェア争いは、単なる「値引き合戦」ではなく、将来の顧客リストを守るための戦いなのです。
医師が新薬へ切り替えるときの判断基準
現場の医師たちは、コピー薬を使うことよりも、さらに効果が高い「新薬(スキリージやリンヴォック)」へ患者を移すことを優先する場合があります。ヒュミラと同じコピー品を使うより、より最新の医学に基づいた薬の方が患者のためになると考えるからです。
アッヴィはこの医師の心理をうまく利用しています。「ヒュミラの特許が切れるから安い方にする」という流れを、「特許が切れるのを機に、もっと良い新薬に変える」という流れに変えることに成功しています。
ヒュミラ後のアッヴィを支える免疫疾患以外の稼ぎ頭
アッヴィは免疫疾患の薬だけでなく、がんや神経疾患の分野にも稼ぎの柱を広げています。特定の薬に頼りすぎるリスクを減らすために、多角化を進めてきました。特に偏頭痛や血液がんの分野では、着実に利益を積み上げています。
偏頭痛治療薬「ウブレルヴィ」の伸び
偏頭痛は世界中に多くの患者がいる病気ですが、これまでの薬では効果が足りなかったり、副作用が強かったりしました。アッヴィの「ウブレルヴィ」は、発作が起きた時に飲む新しいタイプの薬として急速に普及しています。
他にも「クリンプタ」という予防薬も好調です。偏頭痛の分野で「発作時」と「予防」の両方をカバーすることで、この市場での地位を確固たるものにしています。
血液がん治療薬がもたらす安定した収益
「イムブルビカ」や「ベネクレクスタ」といった血液がんの薬は、アッヴィにとって重要な収益源です。がんは治療が長期にわたるため、一度使い始めると安定して売上が上がります。
免疫疾患の市場が価格競争にさらされる中、これらのがん治療薬は比較的高い価格を維持できています。複数の病気の分野で稼げるようになったことが、アッヴィの財務をよりタフにしています。
- イムブルビカ:世界的な血液がん治療薬のリーダー
- ベネクレクスタ:他の薬との併用で高い効果を発揮
- がん分野の安定した成長が、特許切れのショックを和らげる
買収した企業から生まれる次世代の治療法
アッヴィは自社開発だけでなく、有望な技術を持つ会社をどんどん買い取っています。例えば、かつて「ボトックス」で有名なアラガン社を仲間に加えたことで、美容整形の分野でも独占的な地位を手に入れました。
最近では、さらに次世代のがん治療(ADC:抗体薬物複合体)を持つ企業も買収しました。「今あるお金で、将来の利益を買う」という投資のサイクルがうまく回っています。
投資家が注目する連続増配と株主還元の安定感
アッヴィへの投資を考える上で、最も外せないのが「配当」のすごさです。同社は、分社化する前の時代を含めて50年以上も配当を増やし続けている、世界でも数少ない「配当王」の一員です。特許切れの荒波の中でも、株主にお金を返す約束を破っていません。
50年以上増え続ける配当金の仕組み
アッヴィは、毎年欠かさず配当金をアップさせてきました。配当利回りは時期によりますが、3%から4%程度と高水準であることが多いです。「株価が多少動いても、毎年入ってくる配当が増える」という安心感は、長期投資家にとって最大の魅力です。
経営陣は、ヒュミラの特許切れを乗り越えられるという自信を、この増配という形で示しています。もし本当に危なければ、配当を増やす余裕などないはずだからです。
稼いだ現金を自社株買いに回す姿勢
配当金だけでなく、アッヴィは自社株買いにも積極的です。市場に出回っている自分たちの株を買い戻すことで、1株あたりの利益を相対的に高めてくれます。
自社株買いをすることで株価が下支えされ、投資家にとっての資産価値が守られます。配当と自社株買いの両輪で、株主を大切にする姿勢を徹底しています。
- 連続増配記録:50年以上(配当王)
- 配当利回り:3〜4%の高水準
- 自社株買いによる株価の安定化
借金を返しながら還元を続ける財務の工夫
アッヴィは買収を繰り返してきたため、以前は借金も多かったです。しかし、ヒュミラで稼いだ巨額の現金を使って、着実に借金を減らしてきました。今の財務状況は非常に健全です。
借金が減れば、その分また新しい投資や配当に回せるお金が増えます。「稼ぐ、返す、投資する」というお金の使い方が非常にうまい会社だと言えます。
将来の業績を左右する新薬開発の進み具合
今の稼ぎ頭が元気なうちに、アッヴィはさらにその先を見据えています。2024年にかけて行った巨額の買収は、まさに2030年代の売上を作るための準備です。神経疾患やがん治療の最先端に、莫大な資金を投じています。
セレベル買収で狙う神経疾患分野の覇権
アッヴィは約87億ドルを投じて、セレベル・セラピューティクスという会社を買収しました。この会社は、統合失調症やパーキンソン病といった、これまで根本的な治療が難しかった病気の新薬を開発しています。
これらの薬が承認されれば、アッヴィは免疫疾患に次ぐ「第3の柱」を手に入れることになります。誰も解決できていない病気の薬を作ることは、そのまま莫大な利益に繋がります。
イムノジェン買収によるがん治療の強化
もう一つの大きな投資が、約101億ドルでのイムノジェン買収です。この会社は、がん細胞だけを狙い撃ちにする「ミサイル療法(ADC)」の先駆けです。
この技術を使えば、副作用を抑えつつ高い効果を出すことができます。がん治療の主流になりつつあるこの分野で主導権を握ることは、将来の業績を守るための最強の盾になります。
- セレベル買収:神経疾患(パーキンソン病など)を強化
- イムノジェン買収:最先端のがん治療技術を獲得
- 合計約200億ドルの投資が将来の「実」になる
臨床試験が失敗したときの身構え方
製薬会社への投資で避けて通れないのが、開発中の薬が失敗するリスクです。巨額の資金を投じても、最後の試験で効果が認められなければ、その投資はゼロになります。
しかし、アッヴィは一つの薬に頼らず、常に数十種類の開発を同時に進めています。「どれかが失敗しても、他でカバーできる」という分厚いパイプライン(開発候補)を持っているのが、アッヴィの強みです。
アッヴィの株を今から買うときに知っておくべきリスク
最後に、投資としてのアッヴィが抱えるリスクについても整理しておきましょう。特許切れの山は越えつつありますが、製薬業界特有の難しい問題はまだ残っています。
アメリカの薬価引き下げ交渉の影響
今、アメリカ政府は「メディケア」という公的な保険制度を使って、高すぎる薬の価格を強制的に下げる交渉を始めています。スキリージやリンヴォックなどの売れている薬がこの対象になると、利益が削られる可能性があります。
政治の動きによって利益が左右されるのは、製薬業界全体の宿命です。「いくらで売るか」を会社が自由に決められないルールが強まることは、一番の警戒ポイントです。
他の製薬会社との新薬開発レース
アッヴィがスキリージやリンヴォックで稼いでいる間にも、ライバルの製薬会社はもっと効く薬を作ろうとしています。例えば、もっと投与回数が少なくて済む薬や、副作用が全くない薬が出てくれば、シェアを奪われるかもしれません。
常に開発レースの最前線にいないといけないため、研究開発費(R&D)を削ることはできません。走り続けないと負けてしまう、厳しい業界であることは忘れてはいけません。
- 米国政府による薬価引き下げ圧力
- ライバル社によるさらに画期的な新薬の登場
- 特許の延長が認められない法的なリスク
為替の変動が日本円での利益に響く点
日本の投資家にとって、ドルの価値が下がる(円高になる)ことはリスクです。アッヴィの業績が良くても、円高が進めば日本円で受け取る配当金や資産額は減ってしまいます。
アメリカ株投資全般に言えることですが、業績だけでなく為替の動きにも資産が左右されることは意識しておくべきです。長期で持っていれば為替の波は平均化されますが、短期的な変動は覚悟しておく必要があります。
まとめ:アッヴィは特許切れの「崖」を「橋」に変えた
アッヴィは、世界最大の売上を誇ったヒュミラの特許切れという、製薬会社にとって最も恐ろしいイベントを見事に乗り越えつつあります。スキリージとリンヴォックという次世代のエースが、予想を上回るスピードで成長しているからです。
- ヒュミラの売上減は避けられないが、会社側の想定内で進んでいる。
- スキリージとリンヴォックの2製品が、2027年までに270億ドルを稼ぐ計画は極めて順調。
- 50年以上続く連続増配は、経営陣の将来に対する自信の表れ。
- 巨額の買収によって、がんや神経疾患といった新しい成長分野の種を蒔いている。
- 薬価引き下げなどの政治リスクはあるものの、開発力の高さが最大の守り。
- 単一の薬への依存を脱却し、よりバランスの良い収益構造に進化している。
「特許が切れたら終わり」ではなく、「特許が切れるまでに次の柱を完成させる」というアッヴィの経営戦略は、今のところ大成功しています。配当を受け取りながら、次世代のエースたちがどこまで伸びるかを見守る。そんな腰を据えた投資が似合う、非常にタフな企業だと言えるでしょう。
